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両者の決着がつかぬまま、尾張にはただ時ばかりが過ぎていったのである──。
美濃の斎藤道三が、稲葉山城主の座を嫡男・義龍に譲り渡したのは、まさにそんな頃のことであった。
「──すっかり秋めいて参ったのう。儂が清洲に気を取られている間に、いつの間にやら夏が通り過ぎてしもうたわ」https://mathew.cosplay-navi.com/Entry/5/ https://mathew.anime-movie.net/Entry/5/ https://mathew.99ing.net/Entry/5/
青々とした美しい秋空に、巻積雲(けんせきうん)が悠然と広がる、とある日の午後。
信長はその背に濃姫を伴って、那古屋城内の水辺に架かる太鼓橋の上を静かな足取りで進んでいた。
遠くに見える、ほんのりと葉が色づき始めた楓の木々を眺めながら
「そう申せば、義龍殿が家督を相続致した旨、伺ったぞ」
信長はふと思い出したように姫に告げた。
「前触れのなき親父殿のご隠居には驚かされたが、今思えば、いつかそなたが言っていた“近々起こる斎藤家の大事”とは、このことだったのじゃな?」
「御意にございます」
濃姫は伏し目がちに頷くと
「思うていたより遅うございましたが、とにもかくにも、今は兄が無事に斎藤家当主の座に治まりました事、心より嬉しゅう思うておりまする」
その白い顔に笑みを作りつつ、一度深く頭を下げた。
「……時に、殿」
「ん?」
「いつぞやは殿のお心も考えずに、無礼な態度を取ってしまい、まことに申し訳ございませぬ」
「はて、いったい何の話じゃ?」
「清洲の城に移り住みたいか否かを問われた時のことにございます」
信長は過去の記憶を呼び起こすように視線を暫し天に向けると、ややあって「ああ…」と相づちを打つように二、三度頷いた。
「この夏は清洲との戦にお忙しく、なかなか無礼を詫びる機会がございませなんだ故、歯痒く思うておりました」
「案ずるな。そのような些細なこと、もう忘れた」
満面に浮かぶ信長の気楽そうな微笑みに、濃姫はどこか救われる思いがした。
「三保野に叱られました。あのような厳しい態度ばかりとっていると、殿に愛想をつかされてしまうと。
私が明け透けに物申せるのは、相手が信長様であるが故じゃと」
「ははは、確かに。それはそうやも知れぬなぁ」
「もしもこれが尋常な殿御ならば、殿は今頃そく──」
濃姫は側室の件を言いかけて、そのまま唇を口内に押し込むようにキュッと口をつぐんだ。
「“そく”、何じゃ?」
「あの、いえ……そ、即、離縁していたであろう…と、そう言われて」
「離縁? これしきの事で随分と大袈裟な言い様じゃな」
「三保野はそういうおなごなのです。忠実ですが、とかくお節介焼きで、小賢しいの侍女なのです」
「忠実だが節介焼きで、小賢しい…、まさにそなたの事じゃな」
きっと主人に似たのであろうと信長は笑った。
「まぁ、少なくとも私は三保野のような昼行灯ではございませぬ」
濃姫がぷいっと顔を背けると、橋の袂(たもと)で他の侍女たちと共に控えていた三保野本人と目が合った。
「ゴホンッ」と咳払いをする三保野の膨れっ面を見て、濃姫と信長は弾(はじ)けたように笑った。
やはり殿とは…この先も、こうやって笑い合っていたい。
仲違いをしても、歪み合うても、その末には必ず、こうして笑顔と笑顔を向け合える夫婦でいたい。
濃姫は心からそう思った。
「殿に一つ、お願いがございます」
「願いとな」
「このような事を申すのは厚かましい限りやもしれませぬが、どうか……どうかいつまでも、濃だけの殿でいて下さいませ」
「急に何を申すのだ」
「私は必ず、今よりももっと良き妻になります。いずれ必ず殿のお世継ぎも産んでみせます故、どうか…いつまでも濃の側にいて下さいませ」
口調こそ静かなものであったが、信長に当てられた濃姫の眼差しは必死そのものだった。
それが今の生き甲斐になっていると言っては大袈裟過ぎるが、賢き姫にとっては実に刺激的な事であり、
精彩に欠ける日々の中で、己の有り余った才知を活かせる唯一の時間でもあった。
「──儂がどうしたじゃと?」
ふいに背後から、聞き慣れた高い声が響いた。https://debsy12.blogspot.com/2024/07/blog-post.html http://eugenia22.eklablog.net/-a215973061 https://carinadarling.wordpress.com/2024/07/01/%e3%80%8c%e3%81%9d%e3%81%ae%e7%9f%ad%e5%88%80%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%aa%e3%81%8b%e8%89%af%e3%81%84%e5%88%83%e3%82%92%e3%81%97%e3%81%a6/
濃姫は瞬時に顔を上げ、そっと振り返ると、縁台の袂に、真新しい弓を手にした信長が昂然と立ち尽くしていた。
「これはっ」と、慌てて濃姫や侍女たちが平伏しようとすると
「礼は良い──。それよりも、退屈云々とは何の話じゃ?」
訊きながら信長は姫の前に歩み寄った。
「いえ、何でもございませぬ。殿のお側にいると面白き事が多い故、退屈する暇がないと、そう申していただけです」
事実ながらも、濃姫がどこか取り繕いがちに言うと
「ならば良い。尾張が退屈になった故、美濃に帰りたいなどと言われては困る。
儂にとってそちは、大事な存在じゃからな」
信長は真剣な面持ちで告げた。
姫は一瞬ときめきを覚えたが
「そなたは、いずれ儂が美濃を我が物にする為の大切な布石。そちが側におらねば、蝮殿から美濃を譲り受ける大義名分が立たぬ故な」
「また左様な意地悪を申される」
濃姫は軽く両頬を膨らませた。
「何、感謝はしておるのじゃぞ。そちが嫁してくれたおかげで、儂は蝮殿という強力な後ろ楯を得たのじゃからな。
──ま、いつ毒牙を向けて来るか分からぬ、油断ならざる後ろ楯じゃがのう。はははっ」
そう言って高笑いする夫の前で“無神経なお人”と、濃姫は俯きがちに緩くかぶりを振った。
「左様な事より、殿。何かご用があられた故、こちらへ参られたのでは?」
濃姫が気を取り直して訊くと
「…おお、これはしたり」
と信長は左の太股を軽く叩いた。
「お濃。そちは兎、猪、鴨の内ならば、いずれを好む?」
「何のお話でございましょう?」
「良いから。いずれを好む?」
夫の真摯な眼差しが注がれると、濃姫はふいに
『 もしやこれも、私をお試しになっての事であろうか 』
と思い、これは迂闊に返答出来ぬやもと警戒した。
しかしいつまでも黙している訳にはいかず
「…兎で…ございましょうか」
仕方なく思うがままに答えた。
「ほぉ、兎か」
「…はい」
「となると、一羽ではちと足りぬのう。少なくとも二、三羽は捕らえねばなるまい」
「捕らえる!?」
まさか、兎を敵方に例えているのか?
ならば、誰ぞを捕虜にでもしようとしているのかと、濃姫は険しい表情で信長を見上げた。
「応よ。今から森へ行って狩って参る。猪ならば一蹄で十分じゃが、兎であれば数羽は必要であろうからな」
「殿…、いったい何のお話をされているのです?」
「今宵の夕餉の話じゃ。久しぶりに鍋など食してみとうなってのう。兎か猪か鴨か、獲物は何が良いかと思うて」
濃姫は思わず額に手を当てた。
変に深読みし過ぎた自分にも問題はあるが…。
そんな妻を他所に、信長は得意満面で
「これを見よ。以前使っていた弓がすっかり草臥れてしもうた故、新しき物を拵えさせたのじゃ」
黒漆が艶やかに光る塗籠籘の弓を姫の前に差し出した。
「通常の物よりも五寸ほど長う作らせ、弦(つる)も以前より丈夫で張りのある物に致した。今度のは勢いが違うぞ、勢いが!」
早くこれで狩りがしたいものだと、信長は笑いがらビュン、ビュンと何度も弦を引いては放しを繰り返した。
濃姫はそんな信長を見ている内に
「待て松子!これは決して冗談でも君の反応を楽しんでるんでもないっ!
聞いてくれ!今してるのは実際有り得なくない話だ!私は全てを許してる!もしそうなった時そう言う決めごとがあった方がいいだろう!?」
刀の扱いに慣れてない三津がそんな物を振り回しては無傷では済まない。桂は落ち着かそうと必死に訴えかけた。
「有り得なくない話……。」
その言葉に三津は複雑な表情を浮かべた。https://freelance1.hatenablog.com/entry/2024/04/28/044102 https://ameblo.jp/mathewanderson/entry-12850005543.html https://www.liveinternet.ru/users/mathewanderson/post504888522//
「そうだよ。でも君が嫌がってるのにする話ではなかったね。すまない,聞かなかったことにしてくれ。」
「うん,寝て明日には忘れり。」
入江もごめんねと頭を撫でて三津を宥めた。三津はしゅんとしながら吉田を鞘に納めた。
その姿に桂と入江は顔を見合わせた。
「次の町で休憩がてら何か甘い物を食べよう。」
桂は三津の背中に手を当てて寄り添いながら歩いて入江は少し後ろをついて歩いた。
町について三津と桂は甘味屋に立ち寄った。入江はちょっと散策して来ると言い残して別行動を取った。
「……準一郎さんが変です。」
三津は団子を持ったまま俯いた。
「どの辺が?」
桂は詳しく聞かせて?とその横顔をじっと見つめた。
「久しぶりに二人で過ごした夜から……。」
「どうして?いつも通り隣りで寝たじゃないか。手を握って欲しいと言ったのが不満だった?」
「そうやなくて……。」
それだけだったのがモヤモヤした。「……三津,ゆっくり整理していこう。一番変だと思ったのは私のどこだい?」
「二人でいても……遠慮してはる……。」
「うん,それで?」
桂はゆっくり優しく三津が本音を口にしやすいように気遣った。
「遠慮されると……嫌だ……。」
「要らない気を遣ってしまってたんだね?それはすまない。どう嫌だった?」
「嫌というか……不安……。」
「不安?何が?」
その質問に三津は黙り込んだ。何が不安だったかすぐに答えは出ていた。
桂の気持ちが自分から離れてるのではないか。
「私……。」
桂に寄り添えず入江に甘えている癖に,桂には自分を好きでいて欲しいと思ってると気付いた。
『私……最低や……。』
団子の串を握ったまま俯いて唇まで噛み締めている姿に桂も少し考え込んだ。
それから団子を持つ手の手首を掴むとそのまま自分の口元へ運んで団子を一つ頬張った。
「ん,美味しいよ。」
呆気にとられて口を半開きで見つめてくる三津に穏やかに笑みを浮かべた。
「食べないなら口移しでもしようか?」
それを聞いた三津はふっと笑って首を横に振った。
「自分で食べれます。」
そう言ってお団子を口に運んだ。その横顔を桂は微笑みながら見つめた。
「美味しそうに食べてる姿も好きだなぁ。三津は散歩以外なら食べるのが好きだよね。」
「食い意地張っててすみません。」
にこにこしながら見つめられて落ち着かない。三津はツンと前を向いて食べ続けた。
「そんな悪い意味で言ったんじゃない。幸せそうに食べるから見てるこっちも幸せな気分になるんだよ。
だから乃美さんも君に落雁やら甘味を貢いでたじゃないか。
私の三津なのに。」
桂は愛おしそうに見つめながらもぐもぐ動く頬を人差し指でつついた。
『これは以前の小五郎さんや……。』
“私の三津なのに”
艶っぽい大人の笑みでさらりと歯の浮くような台詞を吐く。男なのにそこいらの女より色気があるのが鼻につく。
横目で見ればその色気を垂れ流した笑みがこっちを向いている。
「準一郎さん,あんまり人前でそんな笑みを振りまかないでください。周囲の女性陣の視線が痛いです……。」
ふと周りを見ればうっとり桂を見つめる女子達が嫌と言うほど目に入る。そして隣りのあの女は何だと冷たい視線が突き刺さるのだ。
「それはすまない,私は君だけに微笑んでるつもりなんだけどね。
落ち着かないから早く食べて場所を移そうか。」
三津は頷いて最後の一つを口に入れたところで桂が耳元で囁いた。
「人目につかない所へ行こうか。」
口角を上げ目の奥に闘志を秘めてあの不敵な笑みを見せるんだ。
その表情も口ぶりもまざまざと蘇る。
「そうやな……私もその時が来たら正々堂々言ってやる。私も三津を愛してると。
私だって来世も三津と居たい。この先もずっと。」
三津に全てを捧げると決めたんだ。この気持ちは嘘じゃないと吉田に認めさせたい。
「私はみんなに比べてパッとせん,何の取り柄もない影の薄い存在やなって思っとって今もそれは変わらず頭の片隅にあって……。https://mathew.anime-movie.net/Entry/4/ https://mathew.99ing.net/Entry/4/ http://mathewanderson.futbolowo.pl/news/article/news-3
やけぇどこかみんなに遠慮しちょったと思う。
私は稔麿が一番優れた奴やと思っとった。どこかで嫉妬心もあった。私に無いもの全部持っとる。」
妹だってふさの方が可愛げがあって羨ましいと思ってたぐらいにどこか対抗心もあったと思う。
「でも私も稔麿に負けんぐらいに三津のことを愛しとる。木戸さんにも負けん。やけぇ私は生涯かけて三津を……。
えー……寝とるぅ〜……。」いつの間に寝てしまっていたのか。柄にも無く熱く語ったせいで寝息に気付かなかった。
聞いていて欲しかった反面,我ながらくさい台詞を吐いたからある意味聞かれてなくて良かったかもしれない。
「聞き流す程度でいいって言ったん私やしな。」
おやすみと耳元で囁いてから入江は布団を抜け出し隣りの部屋へ向かった。
「木戸さん起きてますか?」
声を掛けると少しの間があってから“あぁ”と返事が聞こえた。
「松子寝ました。」
「そうか。」
桂は戸は開けずにそう返すだけに留めた。かなり警戒されてるなぁと入江は苦笑いをしながら訪ねた用件を口にした。
「なので部屋代わって下さい。」
「は?」
さっきの警戒心が嘘のように瞬時に戸が開いた。桂の疑念たっぷりの顔が隙間から覗いている。
「だってあんな可愛いの横で寝てるなんて生殺しもいいとこやないですか。辛いんで代わって下さい。」
「触ればいいじゃないか。」
「隣りに旦那がおるのに手を出す度胸は私には無いです。」
『こいつそう言う所あるよな。変な所で臆病と言うか小心者と言うか。』
「私だって起きた瞬間に隣りで寝てるのがお前じゃなくて私と気付いた松子のがっかりした顔で傷付きたくないからやだね。」
だから大人しく戻れと追い払おうとした。
「じゃあ少しだけ話し相手してもらえませんか。聞いてもらったら大人しく戻ります。松子が寝てもて話足りんのです。」
そう言われては桂も断れない。桂もお人好しなのだ。少しだけだぞと念押しして中に入れてやった。
入江はすぐ戻ると入口脇に腰を下ろして桂から距離をとった。桂は布団の上に胡座をかいた。
「松子は何の話の途中で寝てしまったんだ?」
「大まかな話は終わっとりました。
後は思い出話するようなもんやから聞き流してくれていいとは言っとったんですが……やっぱり話足りなくて。」
「そうか。すっきりするまで話せばいい。」
入江は軽く頭を下げて感謝の意を伝えた。
さっきまで警戒心の塊だったのにこうして相手をしてくれる。疲れて寝たいだろうにそんな素振りも見せない。
そう言う所が男女問わず好かれる要因なんだろうなぁと思った。
「稔麿の話をしてました。私なんかよりどれだけいい男やったかを。
稔麿は報われんかった。誰よりも三津を愛して護って来たのに。
それに比べて私が三津を好きになるきっかけは不純すぎて……。稔麿の想いを考えるとあいつと私の寿命を入れ替えたかった……。」
『なるほど,死者に遠慮してるのか……。加えて三津と同じで自分に自信がないんだな。』自分を卑下してもういない相手にまで遠慮して。だいぶ心が弱ってるようで桂は心配になった。
「九一,お前が三津に興味を持った動機は不純かもしれんがそれは稔麿も同じだぞ。
あいつも私をからかう為に三津に近付いたからそこは気にする必要はないぞ。」
「……え?」
「お前が悩んでるのはそこか?面白半分で三津に近寄った自分が,三津に尽くしてきた稔麿を差し置いて想いを通わせた事に罪悪感があるのか?」
「もうある意味罰は受けちょるやん……。本当に好きな女子とは夫婦になれんのやけぇ……。」
「小太郎……。」
「小太郎さん……。」
うずくまり肩を揺らす姿に桂と三津は悲しげに表情を歪ませた。
「小太郎,汚名を濯ぐにはこれからの生き様で証明していくしかないだろう。無論私もだ。」
落ち込む背中に声を掛ければゆっくりと頭が持ち上げられた。https://andreww.anime-navi.net/Entry/6/ https://kate.asukablog.net/Entry/5/ https://josef.blogger.ba/2024/05/10/%e4%b8%89%e6%b4%a5%e3%81%af%e8%b2%b0%e3%81%a3%e3%81%9f%e9%87%91%e5%b9%b3%e7%b3%96%e3%82%92%e3%81%97%e3%81%a3%e3%81%8b%e3%82%8a%e5%91%b3%e3%82%8f/
「木戸さん……。やっぱり貴方はいい理解者です……。私の痛みも分かってくれる……。」
入江は弱々しい顔で微笑みながらゆらりと立ち上がった。
「まぁ……分かりたくはないが同じ男としてやらかして来たのは事実だからな……。」
これからお互い償って行こうと励ましの言葉を続けようとしたが,
「理解者として慰めてっ!!」
入江が両手を広げ飛び付こうとしてきたのを桂はひらりと交わし,左腕を掴んでそれを背中で捻り上げて入江を地面に抑えつけた。
その鮮やかさに三津は桂に拍手を送った。
「いててててっ!痛いっ!酷いっ!!この扱い酷いっ!!」
「その気色悪い冗談のが酷く質が悪いぞ。」
「だって三津に抉られたらもう慰めてくれるの木戸さんしかおらんやーん……。」
入江はもう全気力を使い果たしたと言わんばかりにぐったり地面にへばりついた。
それを聞いて流石に可哀想だと思ったがその油断で悲劇を招いて来た。桂は桂で自分の身を守ろうと必死だ。地面にへばりついた入江はしくしく泣き始めた。
「充分報いは受けちょるやん……。だって入江九一は戦死したやん。もう存在すらせん。やけぇここに生きちょる私は何者でもないそっちゃ……。」
「小太郎……。この際もう河島小太郎として生きたらどうだ?」
「そのつもりやった……。三津と結婚して,そうやって別人になって生きるつもりやった……。やけどそれも叶わんかった。」
それを聞いて桂は手を離してゆっくり身を引いた。それを言われては何も言い返せない。
入江はのそのそ立ち上がって着物についた土埃を軽く払った。そして肩を落とし,俯いたまま深い溜息をついた。
「小太郎……それはすまないと思ってる……。だから君達の好きなようにしろと……。」
「好きなように?私が望む通りにしていいと?」
入江は俯いたまま桂を見る事なく問いかけた。
「そうだ。だから……。」
「だったら慰めてやぁぁぁ!!!」
隙ありと入江が飛び付こうとしたが桂の拳骨が突き刺さり,ゴンっ!と鈍い音が響いた。
「いっ!!!」
相当痛かったらしい。入江は声にならない声を上げながら脳天を抑えてしゃがみ込んだ。
「次やったら命はない。松子行くぞ。」
真剣に心配して損したと桂はご立腹で歩き出した。
「小太郎さん,大丈夫?どこかで癒やしの時間は取りますからそんな自傷行為に走らんでも……。」
三津は立てますか?と手を差し伸べた。入江はその手を握り苦笑いを浮かべながら立ち上がった。
「癒やしの時間取ってくれるそ?」
「それぐらいは。準一郎さんもそこはいいって言ってはるし,自分の身の安全が保証されるなら口は出してこんと思いますよ。
面倒くさい感じにはなりそうですけど。」
「それは違いない。
そしたら松子に癒やしを求めようかねぇ……にしても自傷行為って……。」
「わざわざ痛みで痛みを紛らわさんでもいいでしょ。
ふざけてないと落ち着かんぐらいなんですよね。重症です。」
入江はそうみたいと弱々しく笑った。
「ちょっと待っててくださいね。」
三津はそう言って小走りで桂の横へかけて行った。
「準一郎さん,すみませんが少しの間でいいんでどこかで小太郎さんと二人で話す時間もらえませんか?
勿論準一郎さんと二人の時間も取ります。小太郎さんよりも長めに。」
『上手いこと言うなぁ。やはり松子には敵わんな。』
桂は小首を傾けて見上げてくる三津に感心した。
「構わないよ。私も君との時間を楽しみに歩くよ。
だから情緒不安定なあいつの隣りに居てやりなさい。」