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窘めようとする小見の方を、道三は手で合図して制すると
「義龍。そちは、実の父は儂ではなく土岐氏じゃと、まことにそう思うておるのか?」
射抜くような眼差しを相手に注ぎながらも、落ち着いた口調で問いかけた。
義龍は夢想に耽るような表情を作り、暫し宙に視線をあそばせると、ややあって、その場にはそぐわない和やかな微笑を浮かべた。
「…ずっと以前」
「 ? 」
「尾張へ輿入れる前の帰蝶に、それと同じ様なことを訊かれました。“ご自分が父上の御子ではないとお思いなのですか?”と」
「帰蝶に?」
「某はその時、今のところはそう思ってはいないと答え申した。土岐氏の子などという話は噂に過ぎぬ、我が父は斎藤道三をおいて他にはおらぬと、そう思っておりました故」
「義龍─」
「なれど今や、その思いもすっかり色褪せ申した。考えてみれば、そなた様とはこれまで親子らしい触れ合いなどまるでありませなんだ。
可愛いがられるのは決まって孫四郎、喜平次ら弟たちばかり。刀や槍の稽古とて一度も付き合ってもらった事はありませぬ」https://lefuz.pixnet.net/blog/post/154221637 https://debsy.e-monsite.com/blog/-.html https://www.evernote.com/shard/s729/sh/cb99c5d9-726a-ba7a-fddd-13920e486b0c/dS4W2CnYEerwRfcFP3M1K_N2BKhyVbF2pqd3oy8fVa2935adZ9E9Y77dHw
「……」
「そなた様にとって某は、嫡男を名乗るだけのただの無能者──。前美濃守護・土岐頼芸殿が残していかれた厄介な胤(たね)にしか過ぎなかったのじゃっ!」
獲物を狙う獣のような、生々しくも凄絶な光を帯びた義龍の眼を見て、小見の方はぞっとなった。
それでも道三は微塵も動じる事なく、毅然と頭をそびやかしている。
「申しておきたい事は、それだけか?」
「─!?」
「それだけならば早々に下がれ。子供じみた泣き言を黙って聞いているほど儂はお人好しではない。 …小見!侍女たちを呼び戻せ、酒肴の用意じゃ!」
「は、はい…!」
小見の方が慌てて額づくと
「今一度言うておく。命大事と思うならば、婿殿には手を出すな。あの者は寧(むし)ろ、敵に回すより味方に付ける方が良き男じゃ」
信長ならば心強い後ろ楯となってくれようと、道三はその肉厚な頬に深い笑い皺を寄せた。
義龍はもう言い返す気にもなれなかったのか、ふんっと大きく顔を背けると、その怒りの残る面差しと共に、足早に座敷から出て行った。
座敷を出ると、薄暗い廊下の端に家臣の日根野弘就(ひねのひろなり)が控えており
「そのお顔を拝する限りでは、大殿からのご承諾は得られなかったようにございまするな?」
と臣下らしい無感情な言い方で訊ねてきた。
「ああ…。あのような男の理解を得ようなどと考えた、この儂が愚かであったわっ」
義龍は吐き捨てるように言うと、ダッダッダッと豪快な足音を立てながら、目の前の長い廊下をまっすぐ歩いて行く。
弘就はすぐにその後を追ったが、長身の義龍の歩幅は一段と大きく、付いて行くのもやっとであった。
暫く進むと、どうしたのか義龍の足がピタリと停まった。
「殿、如何なされました?」
訊きながら弘就が前方に目をやると、前から堂々たる佇まいの義弟・喜平次が歩いて来るのが見える。
喜平次は前方に立ち竦んでいる義龍の姿を認めると、にっと笑い、そのまま立ち止まることもせずに義兄の横を通り過ぎようとした。
これに弘就は
「喜平次様、暫しお待ち下さいませ!」
と慌てて相手を引き止める。
「殿が目の前におわしまするのに、素通りとは幾らなんでも無礼が過ぎましょう!? 一旦立ち止まり、廊下の端に下がって一礼するのが礼儀ではございませぬか?」
弘就が諭すように言うと、喜平次は振り返るなり、少年っぽい無邪気な笑顔を見せて
「これは失礼を致しました。あまりにも兄上の影が薄い故、目に入りませなんだ。お許しあれ」
頭を垂れつつ、俄に侮蔑のこもった眼差しを義龍に向けた。
弘就は「喜平次様!」と怒りの声を上げたが、義龍はすっと目を細めただけだった。