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熱弁してしまう。
正直、井上の気持ちが理解できない。
「歳さんは、もう一人ではない。おぬしらをはじめ、新八や左之、斎藤がいる。大坂までゆけば、若先生がいる」
試衛館道場の先代と、呼び分けていたのであろう。
隣で、俊冬が息を呑む。
「どこが、どこが悪いのです、井上先生?」
そして、意味不明なことを尋ねる。
「さすがだな、俊冬。歳さんやおぬしら双子を相手に、ここまで隠し通せた。わたしも、まだまだ捨てたものではなかろう?」
「病気、いえ、病なのですか?いったい、どこが・・・」
井上は、大坂へとむかっている副長をみるように、うしろへを送る。
それから、それをおれたちへと戻す。
「以前、隊士全員が松本法眼に診てもらったことがある」
松本良順。蘭方医で、数すくない新撰組の支持者の一人である。
以前、その松本が隊士の健康診断をおこなったことがある。まだ、である。
これが日本初の健康診断であるとかないとか・・・。
それは兎も角、結果は、あらゆる意味で惨憺たるもの。ブラックすぎた。
その結果にもとづき、法眼は労働環境の改善を副長に直訴し、副長はただちにそれに努めた。
「総司もそれで病がわかったが、わたしもわかった・・・。腹部にしこりがあってな。ずっと癪だと思っておったが・・・。胃の腑が悪いらしい」
そんな・・・。胃癌?胃癌だというのか・・・?
「総司より深刻だといわれた。いつ死んでもおかしくない、ともな。ここまでこれたのが、自身でも驚きだ。まぁ抜けたところで、助かるものでもない。ならば、このまま隊務をつづけたい。松本法眼を説得するのに往生した」
末期癌。この時代、Ⅹ線や胃カメラがあるわけではない。自覚症状なら、たしかに癪と思うかもしれない。
触診でわかったのなら、ステージⅣ。転移している可能性も否めない。
痛いだろう。苦しいだろう。
だれにも悟られず、フツーに隊務をこなし、動きまわっている。
こんなこと、できるわけない。精神力だけで、もつはずもない。
ここにも、すごい「もう充分であろう?総司は、総司なりに生きようとがんばっている。若先生は、歳さんがいてくれる。その歳さんは、おぬしらがいてくれる。わたしの役目はおわった。痛みに、病に殺されるのなら、らしく死にたい。そう思うのは、わがままなのであろうか?」
かけるべき言葉もない・・・。
情けないが、励まし、反論、どんな言葉もでてこない。たとえ思いついても、口からでるのは薄っぺらなものばかり・・・。
心情においては・・・。
わかっている。
井上のいうことは、よくわかる。
だが、わからない。わかっているが、わからない。
「それでも、それでもやはり、生きてほしい。一日でも長く。あきらめないでほしい・・・」
あきらめないでほしい?
化学療法も手術も放射線治療もないというのに?
治るどころか、痛みや苦しみしかないのに、前向きにがんばれと?
またしても、自分の無力を痛感する。不甲斐なさにうちのめされる。
やはり、おれは役立たず隊士・・・。
溢れる涙を隠すため、慌ててうつむく。
一滴、二滴と、涙が凍てつく地に落ちてゆく。
そこでやっと気がつく。 自分でも、無茶ぶりはわかっている。
痛み止めも点滴もない。どれだけの痛みなのか、わかるわけもない。ないないづくしのなかで、本人に、痛みにのたうちまわってでも、我慢して戦場を駆けずりまわれ、といっているようなもの。
「副長や、おれたちだけではありません。泰助が・・・」
史実では、泰助は、死んだ叔父の頸を抱えて逃げるのである。その重みに耐えかね、それでもがんばってあるきつづける。
みかねた大人が説得し、淀城のちかくにある寺に、刀とともに埋めたと伝えられている。
十一、二歳の子どもである。叔父の頸は、あらゆる意味で重すぎる。
甥の名で、井上ははっとする。
「泰助は、泰助は強い子だ。そりゃぁ、わたしからみれば甘ったれた餓鬼だが、泰助は泰助なりにがんばっている。あの子も、八王子千人同心、武士の子。帰郷する際には、胸をはり、叔父の戦死を伝えてくれるであろう・・・。おおっ、兼定、どうした?」
相棒が井上の脚許に座り、かれをみ上げている。