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何とか朝餉を流し込んだ後、桜司郎は一人で釜屋を出た。久々の江戸の街並みに感慨深さを覚えながら、あれこれと目で追いつつも先を急ぐ。
まだここまで戦の気配が迫っていないからか、何となく活気すら感じられた。少なくとも、幕府軍が薩長に負けて逃げ帰ってきたとは思えぬほどである。
幕府軍が負けたことが、徳川の世の終焉を告げるものだとは露も思っていないのかもしれない。
それが少し羨ましかった。
それから一刻半は歩いただろう。https://ameblo.jp/freelance12/entry-12830595067.html https://www.liveinternet.ru/users/freelance12/post502260807// https://www.bloglovin.com/@freelancer10/12244931 懐かしき昌平黌の前を通れば、参道が見えてきた。
石段を登り、参詣を済ませると暫く境内に佇む。
──ここの景色は変わらない。幼き頃からずっとそのままだ。
込み上げるものを感じながら、空を見上げた。白い雲が穏やかに流れている。先日までは業火に焼かれていたというのに、その気配は微塵も感じさせない。
「母上…………ようやく江戸へ帰って参りました」
自然とその言葉が漏れ出た。以前に隊士徴募で来た時はまだ桜之丞としての自覚がなかったが、今は違う。
命を落としてから二十年あまりの時が過ぎていた。再びこうして思い入れのある場所に立てるのは、まさに神仏からの贈り物だろう。
だが、このまま生き続けることには疑問があった。刀の妖力に縋ってまで、もう一度会いたいと願ったはこの世になく、唯一血を分けた母すらも看取ることは叶わなかった。を犠牲にしたことへの罪悪感だけが残っている。
ぼんやりとしているせいか、肩を叩かれるまで誰かが近付いていることに気が付かなかった。
「桜之丞兄!奇遇だなァ。やっぱし、江戸に帰ってきたらココに来るよなッ」
「か、釜次郎ッ!」
突然の榎本の出現に、飛び上がるほどに驚いてみせる。
「そこまで驚くかえ?もう参詣が終わったンなら、家に寄って行けよ。母上も喜ぶぜ」
「……い、いや。それよりも、行きたい場所があるんだ──」 桜司郎の要望に沿って足を運んだところは、墓場だった。
見下ろした先には小さな墓石が立っている。苔むしていると思いきや、存外綺麗に手入れがされていた。
「……自分の墓の前に立つなんて、変な気がする」
「普通はそうだわなァ。俺ァ、ちょっくら近くの茶屋で一服してくるぜ。思うところもあるだろうから、ゆっくりしてくんな」
桜司郎はその言葉に頷く。そして膝を折ると、黙ってそれを見つめる。
近くに植えてある柳が揺れる。まだまだ冷たい風が髪を撫でた。
その時、背後で何かを落とす音が聞こえる。
「釜次郎……?」
戻ってきたのかと振り向いた。すると、そこに立っていた人物を見て息を飲む。
「お、桜之丞兄さん…………ッ」
「お歌…………」
大きな目を見開き、涙を浮かべていたのは歌だった。手にしていた手ぬぐいや水桶も全て足元に転がっている。着物の裾が濡れていたが、それすら気にならないと言わんばかりだ。
返事をしてから、ハッとしたように桜司郎は立ち上がる。
「い、いや……私は桜之丞ではなく、桜司郎と──」
動揺を隠すように、落ちているそれらを拾い集めては歌へと渡した。
それに対して歌は何かを言いたそうに、口元を小さく動かす。けれどもそれを飲み込んでは、困ったように微笑んだ。
「…………そうでございました。貴方様は桜司郎さんでしたね。一度のみならず、二度も間違えてしまい申し訳ございません」
「……いや……、気に召されぬな。それだけ似ているのだろう。……お歌は、どうして此処へ?」
桜司郎は動揺のあまり、話し方がいつもと異なっている。だが、それすら気付かずに話し続けた。
「兄さんのお墓を磨きに参ったのです。歌には、これくらいしか出来ませんから……」
それを聞くなり、左胸の痣が締め付けられる。健気な思いにどうしようもなく感情が掻き立てられた。