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や十数名の博徒侠客たちも同様である。
久吉が局長の騎馬「豊玉」の口取りをし、忠助が副長の「宗匠」の口取りをする。
日野は、いわずとしれた局長たちの故郷。小者役である双子のしらせを受け、道におおくの人々が集まっている。その人のおおさに驚いてしまう。
みな、局長や副長の出世を祝うため、それから、勇ましく出陣するのを励ますため、集まってきている。
道の両端に並び、https://site-3489267-1419-4023.mystrikingly.com/blog/final-depositors-are-increasingly https://jeffery.blog.shinobi.jp/Entry/11/ https://ypxo2dzizobm.blog.fc2.com/blog-entry-51.html 口々に叫ぶ人々。それを、局長は涙ぐみながら掌をふってこたえている。
まさしく、一世一代の晴れ姿。
これが最初で最後であることが、残念でならない。と声。
思わず、口を開きそうになる。
「まて、主計。それをしっているのは?」
「副長・・・。すみません。なかなかいいだせず・・・。俊冬殿と俊春殿には、話しています」
「わかった。それは、この進軍に関係あるか?」
「いえ、もうすこし後のことです」
「ならば、告げるか告げないか、しばらく考えろ。おまえたちも、このことに関して、主計を問い詰めるようなことはするな」
副長にいわれれば、組長たちも了承するよりほかない。
『他言は無用』、なんて注意はこの面子に必要ない。
それでお開きになった。
副長は、おれが話をすることがわかっている。
うすうす勘付いている。だからこそ、それをきくのが怖くてさきのばししたのである。
そして、組長たちも。かれらも、局長にまつわることではないのか、とおぼろげにわかっているのかもしれない。
翌朝、なにごともなかったかのように、内藤新宿を出立する。
向かうは、日野である。
みな、双子が手配した洋式の軍服を着、従軍している。それは、 いわなかったことで、後悔するのではないのか。
後日、真実をしった副長たちは、きっとあのときに問い詰めておけばよかった、と慚愧の念を抱くのではないか。
いわなかったおれにたいして恨みを抱くのではない。話をきかなかった、あるいはききだせなかった自分にたいして、許せない気持ちになるのではないか。
「だったら教えてくれ、主計。わたしがどうなるのはいっこうにかまわぬ。なれど、ほかのだれかがどうかなるのであったら、できうるかぎり回避したい」
斎藤の思い詰めた 昼すぎには、佐藤家に到着した。
この日は、日野宿本陣でもある佐藤家に宿泊する。
局長も副長も、なにをさきにしても泰助と組長たちを連れて井上家を訪問した。
死んだ井上の実家である。
おれと双子も、同道させてもらう。
は、死んだ井上とは六歳ちがいの兄だと記憶している。泰助の父親である。泰助は、松五郎の次男にあたる。
は、死んだ井上とは六歳ちがいの兄だと記憶している。泰助の父親である。泰助は、松五郎の次男にあたる。
「母上」
泰助は庭の奥のほうに母親をみとめ、思わず駆けてゆきそうになってその脚をとめる。
「泰助、母上に挨拶してまいれ」
局長がそうと気がつき、うながしてやる。
かれは元気のいい返事とともに母親に駆けより、その華奢な体に思いっきり抱きつく。
母親はおしとやかな感じの女性で、こちらに深々とお辞儀をしてから子をしっかりと抱きしめる。
しばしの間、それを感慨の思いで眺める。
ここにくるまでに、副長が俊冬に告げた。
「源さんの死にざまは、泰助ら餓鬼どもに語ったとおなじことを語ってほしい。おまえがとどめをさしたってことは、告げる必要はねぇ」
もちろん、俊冬に異論があるわけもない。うなづき、了承した。
泰助は、しっかりと甥としての役目をはたした。いまにも泣きだしそうな
と声で、きいたことを語り、形見の懐刀と遺髪を父親に渡す。
小者姿の俊冬が、死に水をとった者として泰助の話を補足する。
松五郎は、ただ静かに話をきいていた。
もしかすると、気がついたかもしれない。語られたことが真実ではないということを。それでも、なにもいわず、表情一つかえない。
さすがは、井上源三郎の兄である。そして、この兄にして弟あり、ということもよくわかった。
「松五郎