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は信忠一人と心に決めて、
黒髪を下ろし、この二年間は、自身は信忠の未亡人という思いで一日一日を過ごして来たのである。
ところがつい先月の。
織田信雄の使者を名乗る家臣が、信松尼のおわす心源院を突如 訪ねて来て
『──武田信玄公の姫君・お松様にございませぬな?』
と確認してきたかと思ったら、日ならずして、古沍が養華院の使いとしてやって来て
『──御台様におかれましては、亡き信忠様の御許嫁であられた松姫をお捜しの由にて、見つけ次第 京の妙心寺へお招きせよとのせにございます』
と、思わぬ来訪に茫然としていた信松尼に、慇懃に申し渡したのである。
この急な要請に、幼い三人の姫たちを預かっていた信松尼は、長旅になることを気にしてか、初めはっていたが
『信忠様の御霊をであられた慈徳院殿が、妙心寺内に大雲院をご建立あそばされたのです』
という古沍からの説明に信松尼の目の色は変わった。https://bloggererica.pixnet.net/blog/post/346239370 https://suzanwines.blogspot.com/2024/10/blog-post.html http://jeffrey948.eklablog.com/-a216289909
寺名の「大雲院」は信忠の法名でもあり、彼女の関心を引いた。
『信忠様の弔いも兼ね、是非とも松姫様にご願いたいと、御台様よりのし召しにございまする』
一度 信忠が実母の如くう濃姫に挨拶がしたいと思っていた信松尼は、信忠への供養心も募って、
乳母のに姫君らの世話を頼み、古沍たち織田家からの迎えの者たちと共に、つい数日前に八王子を発ったのである。
懐かしそうに下の景色を眺める信松尼は
「…あの折は、京の信忠様に会いに参る道中で変事のが入り、私は泣く泣く引き返す他なかった。 ──なれど今日は、引き返さなくても良いのですね」
古沍の方へ顔を振り向けて、にこやかにった。
古沍も笑みを作り、小腰を屈めるようにして首肯する。
「御意にございます。今日の内に都へお入りいただき、妙心寺にて、御台様、慈徳院殿、そして大方様にお目通りいただきまする」
「まぁ、様にも !?」
「大方様も、お気持ちは御台様と同じ。信忠様のご正室になられるはずであった信松尼様に一目お会いしたいと、此度 ご上洛あそばされておいでです」
「左様にございましたか。…何と有り難きことにございましょう」
織田家の女人たちが、それも信忠を最もよく知る人々が、ここまで自分との対顔を望んでくれようとは。
信松尼はその思いがけなさと、嬉しさから、双眼をうっすら涙で濡らした。
「恩方に残して参った姫たちや水篠には申し訳ないが、私、本当に京へ参ることを決意して、良かったと思うておりまする」
「信松尼様」
「信忠様が最期の時を過ごされた京の都を、出来れば、悪しき思い出のまま残していたくはなかったのです。
此度 御台様や大方様、慈徳院殿にお会いすることで、良き思い出に塗り替えることが出来れば幸いに存じまする」
信松尼は、その形の良い唇の間から白い八重歯をかせると
「──では、参りましょうか」
軽く伸びをしてから、輿の方へ歩み寄った。
「もうよろしいのですか?」