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「有り難う…存じます…。……殿のことも、何卒よしなにお願い申し上げまする…。殿をお幸せに出来るのは、
濃姫様、ただお一人にございます…。これよりも殿を…支え…そしてお守り下さいませ…」
「分かっています…、分かっておりまするとも」
類の手を握る濃姫の両手に、ぐっと力がこもった。
その時
「類!…類は無事かっ!」
寝室の外から信長の叫び声が響いて来た。https://ello.co/debsyking/post/ahl2phbfn1mk9exzb7jort https://justpaste.it/fb8nl https://secure.smore.com/px7wm
その声に、類を除く座の一同は、全員一歩にじり下がり低頭していった。
濃姫も類の枕元から離れ、一礼の姿勢をとる。
「──類っ! …嗚呼、何としたことじゃ…」
やがて室内へ入って来た信長は、先程まで濃姫がいた場所に座り込み、類の手を握り締めた。
「儂が参ったぞ、類! しっかり致すのだ!死んではならぬっ」
「……殿…」
類の細い指が、力なく信長の手を握り返す。
「おお、類っ。そうじゃ儂じゃ!気をしっかりと持つのじゃ!」
「……殿…、わ…私……」
「ん、何じゃ。何か申したいことがあるのか!?」
白く渇き切った類の口元に、信長はそっと耳を近付けた。
「……私の…さ…最期の願いを…、どうか……お聞き届け下さいませ…」
「願い──。 それはいったい何じゃ? 遠慮のう申してみよ」
「……生家の…生駒の家を…宜しく御引き立て下さいませ…。兄上や…他の親類たちのことも……何卒よしなに」
「ああ、分かっておる。生駒の家やその一族が繁栄するよう、良きに計らおうぞ」
「…そして……御子たちを…、お守り下さいませ。…決して、不幸な道だけは…歩ませぬように…」
「当たり前じゃ。子らは儂が責任を持って守る。誰一人として不幸にはせぬ故、安堵致せ」
「…有り難う…存じます…」
「願いはそれだけか? 他にして欲しいことがあれば、幾らでも申してくれて構わぬのだぞ」
信長が言うと、類は暫し沈黙した後
「──…ならば……もう一つだけ…殿にお願いがございます…」
「何じゃ、申してみよ」
「……名を…、呼んで下さいませ…」
「名?」
「…殿が…私に付けて下された、あの名で……吉乃(きつの)の名で…今一度、私を呼んで下さいませ…」
「……そうか…。そう申せば、長らくその名で呼んでおらなんだな」
信長はそう呟くと、側に控える濃姫へ静かに視線を向けた。
思えば、自分の前では吉乃の名を使わぬようにと濃姫から散々忠告を受けていた為、
信長もいつの間にか、プライベートな時ですらも類を吉乃の名で呼ばなくなっていた。
しかし状況が状況である。
さすがの濃姫も、もはや吉乃の呼称を差し止める理由はなく、信長に向けて小さく両眼を瞬(またた)いた。
了承の返事である。
それを受けた信長は、うむと一つ頷くと
「──吉乃。吉乃」
と、類に優しく囁いてやった。
類の蒼白になりつつある面差しに、満ち足りたような微笑が浮かんだ。
「……嬉しい…。……まるで、昔に戻ったようにございます」
「吉乃──」
「…これでもう、心残りは…何一つありませぬ……」
類の瞳から、一粒の涙がすっと流れ落ちた。
「…殿と…濃姫様…。お二人がいて下されば……御子たちも、この織田家の行く末も……きっとご安泰にございます」
「──」
「………もう……何の憂いも、ございませぬ…」
類は微笑を浮かべたまま、ゆっくりと両眼を閉じていった。
この僅か数時間後。
織田信長側室・生駒類は、まるで夢路を辿るかの如く、静かに息を引き取った。
享年三十九歳。