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目の前に置かれたファイルを捲る松川の手が震えるのを横目で捉えた。
(どう出る?)
キーボードを叩きながら、倫子は考えて息を吸った。
倫子が決めた事…残り数日は自分が指導になったのだから責任を持ってをする事。
それが終わってもそのままなら、倫子の指導は無駄になった事になるが、その後で松川が自分の仕事の仕方で本社に行けるかどうかは彼女次第で、後は彼女の運と実力、そして仕事振りと人となりだ。
倫子は自分らしく、最後まで一生懸命に「教える」のみ、そう決めたのだ。
「花上さん!これ、過去の沢木主任の取引先の注文をファイルにした物ですよね?全部データにありますよね?」
ファイルをペラペラと数ページ捲り、直ぐに松川は顔を倫子に向けて言葉を発した。
それは明らかに納得のいかない言葉だった。
「会社のデータにはないです。売り上げとしては残りますが、会社毎に分かれていますから、会社のデータには何がどれだけ売れたかでどの会社が何を買ったかが総合的に残っているだけです。当然ですが沢木個人が扱った細かな商品まで会社のデータにはありません。沢木の補佐なら過去にどれだけどの商品を扱ったか、現在も同じ取引先はありますから頭に入れておいて損はありません。」
「時間の無駄です!同じ取引先が同じ商品を選ぶ確率なんて低いです。ましてそれは沢木主任が確認される事で、補佐は言われた事を書面にするだけです!これはお返しします。」
ずいっと、倫子の机の方にファイルが押される。
「指導担当の覚えてという言葉を拒否するという事ですか?」
「はい。」
「それは給料泥棒という事でいいですか?」
「どうしてそうなるんですか!」
「今、私は手が離せない。あなたの面倒は見れない。営業は外へ行く時間帯で残っているのは忙しい補佐のみです。手が空いた人から挨拶をと言いました。この時間をぼーっと過ごす気ですか?部長が戻るまでそれに目を通す振りも出来ませんか?あぁ…覚えられない?覚える気がないのではなくて覚えられないならごめんなさい。優秀な方だと判断して無理な仕事を振った私の見る目がなかったという事ですね。それは謝ります。ではもっと簡単な……「……覚えます。」
もっと簡単な仕事を差し上げますね、とファイルを取ろうとすると、松川の手がファイルの上に載り、倫子の言葉を停止させた。
(あ、引っかかってくれた。ランチの時の口振りからプライドは高いと思ったんだよね。)
良かったと、安堵しながら倫子は微笑みを向けた。午前中に沢木に言われた書類を作成しながら、時々、目だけを横へ動かして松川の様子を確認する。
真剣な顔でファイルを凝視し、時々ブツブツ言っては何かを思いついた様に机の上にメモ用紙を置いて、メモしていた。
(真面目な良い子だと思うんだけど…。)
それでも彼女が本当に嫌だと言うなら、自分には大事な土台だが、松川には必要のない物として、もう教えるのは辞めようと考えていた。
40分程で沢木に指示された書類の作成を終えて、倫子はパソコンから目を離して伸びをする。
「あぁ…終わった。」
「明日の訪問順に並べて沢木主任の机の上におけばいいんですよね?」
横から声が聞こえて、そうです、と返事をすると、やります、と松川が椅子から立ち上がり、書類を確認しながら並べ替えてくれた。
「ありがとう。」
戸惑いながらもお礼を言うと、松川がファイルを指差した。
「ここ、教えて戴けませんか?」
「ここ?」
驚いた顔でファイルを覗くと、松川が指していたのは黄山工業のビル建て替え時に納品したドアの品番だった。
「これがどうかした?」
「黄山工業さんは本社の内装、リフォームと、新しい支社の為にドアやキッチンを注文しています。でも6年程期間が空いています。本社のリフォームと支社屋新築、違う場所、違う時間、なのに注文は同じキッチン、同じドア、ドアノブに蝶番に関しては生産が終わってる商品です。」
「へぇ、流石は松川さんね。良く生産が終わってるって分かったわね。」
感心して言うと松川が赤い顔で倫子を見て言う。
「花上さんが最初の頃に部品やドアノブなんかの生産終了した自社商品だって、支社の自慢のって…覚えさせようとしたんじゃないですか!」
ちょっと怒り気味に言われて、そうでしたね、と倫子は肩をすくめた。
「それは良いんです!生産が終わっているのに納品されてます。数年経って同じ物をどうして、いえ、お客の要望ですからそれは仕方ないとして、ないならないと言えばいいのに、どうやって納品を?」
「あ、そこ?」
なんだそこかぁ、と言いながら倫子はノートパソコン画面を操作して、支社の倉庫、在庫のデータ画面を松川の方へ向けた。