[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
がある一点でとまっているではないか。
全員がそのを追う。
「ちょっとまちやがれ、ぽち。どういう意味なんだ?」
みなののなか、自信に満ち溢れまくり、http://kotone22.blogaholic.se/2023/sep/184786/12434211033826312392123921237512390/ https://debsy1.blogspot.com/2023/09/blog-post_14.html http://eugenia22.eklablog.net/-a214781335 自信満々で傲慢で強気で尊大で高飛車で横柄な男が、気色ばんだ。
「はははっ!マザー・ファッカーだ」
ちょっ・・・・・・。
野村のやつ、よりにもよってなんてこといいだすんだ?
「んんんんん?いまのは、どういう意味かな?」
なっ・・・・・・。
島田よ。よりにもよって、いまここで永遠の好奇心旺盛な少年っぷりを披露しなくてもいいんだよ。
おれの内心の焦りをよそに、副長ににらまれ詰問されている当人は、右に左にかっこかわいいをかたむけてから、を副長からゆっくりと移しはじめ・・・・・・。
「ちょちょちょっ・・・・・・。な、なにゆえ、なにゆえおれをみるんです?」
俊春のの先には、たしかにおれがいる。おれが、そのみえるほうのに映っている。
「なるほどな」
そのを追った副長の謎解釈。
「なるほどなって・・・・・・。副長、誤解です。おれは、なんにもかんがえも思いもしませんでした。これは、ぽちの罠です。おれを陥れ、から追放させようとでもいう罠なのです」
俊春め。おれの心のなかをよんだ風をよそおうなんて、ひどすぎるじゃないか。
「そうだろうとも、主計。おおいにそうだろうともよ。おまえは、ぽちが申したようなことを、おれにたいしてこれっぽっちも思いやせぬだろう」
副長は湯呑みを畳の上に置くと、親指と人差し指でちょっことを示すジェスチャーをする。
「西郷さん。さっそく、こいつをつかってやってください。西郷さんの犬の散歩係などもったいねぇ。犬がかわいそうすぎる。そうだな。兵士たちの試し斬りか、試し撃ちの的にちょうどいい。動く的です。さぞかし、兵士たちのいい練習台になるでしょう」
「ちょちょちょちょっ・・・・・・。ですから副長、おおいなる誤解ですって。ってぽち、なんとかいってくださいよ」
「さて、酒肴をもうすこし運ぶとしましょう。西郷先生、もう一杯お茶をいかがでしょうか?」
なんてこった。
俊春、しれっとなにいってんだ?無実のおれに罪をおしつけ、自分は西郷や副長にポイントを稼ごうというのか?
内心で歯ぎしりしながら、を感じるのでそちらへを移すと、廊下にひかえる俊春の向こう側に、いつの間にか相棒がお座りしている。
なんと。おれとが合うと上唇を上げ、これみよがしに犬歯をみせつけてきた。
はいはい。どうせかわいいの味方なんでしょうよ。
「いただきもんそ。忘れちょった。厨ん左側ん納戸に、国幹さぁが干し芋を隠しちょっはずじゃ。駿府に立ち寄った際に入手したとじゃ。そいをもってきてもれもはんか」
「かしこまりました」
「干し芋っ!」
「ホシイモッ!」
俊春の承諾と喰いしん坊たちの叫びがかぶった。
おれは喰いしん坊ではないが、いっしょに叫んでしまった。
じつは、干し芋にある意味思い入れがあるからだ。 干し芋は、サツマイモを蒸して乾燥させたものである。全国でつくられているが、意外にも親父の故郷である茨城県が、産業として生産する量としては九割ちかくつくっている。そして、干し芋の発祥の地は、これもまた意外ではあるが、静岡県の御前崎らしい。ちょうどこの時代からさかのぼること半世紀ほどまえに、煮切干っていう製造を成功させたらしい。実用化するのは、いまからもうすこしあとの1890年をすぎたあたりかと記憶している。
干し芋は、いい保存食になる。しかも、腹がふくれる。さらには、便通にもいい。それが全国にひろがるのは当然のことであろう。日露戦争で野戦食として使用され、「軍人イモ」と呼ばれたという。
『干し芋フェチ』ではない。なにゆえしっているかというと、警察学校の同期が大学時代に干し芋の研究をしていたからである。干し芋の蘊蓄を、さんざん語られた。ゆえに、脳内に雑学的に蓄積されているというわけだ。
その同期は、土佐、もとい高知県の出身である。同期の故郷では、干し芋のことを「」というらしい。
最初、「東山、東山」というので、てっきり京都の東山のことだとばかり思っていた。
故郷の母親が、「東山」をたくさん送ってきてくれたといっては、おすそわけしてもらった。それを、寮の台所に置いてあるトースターで焼いたり、ガスレンジであぶったりするのだ。当人は、実家にいたときはで七輪であぶっていたらしい。
これがまた、めっちゃうまいのである。甘いものはさほど好きではない。しかし、干し芋ははまった。天然のほどよい甘さは、厳しい授業やさらに厳しい術科の疲れをふっ飛ばしてくれたものである。
同期の干し芋にたいする情熱は、大学で研究するほどすさまじいものである。たしかにそのおいしさは、研究したくなるほどのものであろう。
ちなみに、その同期とは、当然のことながら男である。
って、いうまでもないか。
そういうわけで、前置きがながくなってしまったが、西郷の『干し芋』という単語に反応してしまったわけである。
「干し芋か・・・・・・。なにかのときに一度だけ食したことがあるが、甘くてうまかった」
永倉が